信州松本ぺんぎん堂

信州にまつわる情報を愛を持って発信しています!

タウン情報誌が生まれた長野と松本のタウン情報

こんばんは、茶々丸です。

私は朝起きるとほとんど毎日、最初にアレクサに「おはよう」と言います。

するとうちのアレクサは今日は何の日なのかを教えてくれます(そう設定しているのですが笑)。

1月29日もいつものようにアレクサに「おはよう」とあいさつすると、彼女は「今日はタウン情報の日です。50年前の今日、長野市で初めてタウン情報誌が誕生しました」と教えてくれたのです。眠かったのですが長野市という言葉で目が覚めました。

ということで、これは記事にしたいなと思い、本当は29日の当日に書きたかったのですが、遅くなってしまいました。

もしかしたら長野県の方はみんな1月29日がタウン情報の日だとご存知なのでしょうか?

私はアレクサに教えてもらうまで知らなかったのですが。

どんな歴史があるのか調べてみたら長野放送YouTubeチャンネルにニュースが上がっていました。

 

 

印刷会社の

カシヨ株式会社の六代目社長の故・清水栄一さんがヨーロッパに出かけ、宿泊したホテルに街の情報誌が置いてあったことに感銘を受けて長野市でも作ろうと尽力されたそうです。

そうして創刊されたのが日本初のタウン情報誌ながの情報でした。

創刊当時はフリーペーパーではなく、内容も地域情報だけでなく、友だち募集や愛の告白などの投稿もあったとか。しかも、まさかの住所と電話番号入り!今の時代からは考えられませんね。

しかし、90年代に入るとインターネットの普及により巷には無料の情報が溢れ始め、「ながの情報」は岐路に立たされました。

そして7代目の社長の英断で2005年にフリーペーパーとして再スタート。

2017年にはより地位域に寄り添った情報を伝える「ながの情報NEXT」にリニューアルしたのだそうです。

私も外出時に駅などでフリーペーパーを見かけると家に持ち帰って読むことが多いですが、まさかそんなタウン情報の発祥地が長野市だったとは、うれしい驚きです。

 

そういえば、私の故郷・松本にも「タウン情報まつもと」というのがあった気がする……と思い出して調べてみると2009年に創刊され、2年で休刊してしまったのですね。

それ以前の1989年には信濃毎日新聞社「週刊まつもと」を創刊。これは信毎と一緒に配達されていたような記憶があります。

その後、1995年に「松本平タウン情報」も創刊されましたが、「週刊まつもと」と同時に2018年に廃刊になっています。

なんとさみしい……と思いきや、両誌の廃刊と同時に「松本平タウン情報」と「週刊まつもと」を統合し、「MGプレス」が創刊されたとのこと。私はこちらの「MGプレス」はその存在を知らず、この記事を書くために色々調べていて初めて知りました。それだけ私の東京暮らしも長くなってしまったんですね(汗)。

「MGプレス」ってなんだか強そうな名前だけど、どんな意味があるのだろうと調べてみると「メディアガーデンプレス」ということらしいです。信濃毎日新聞社の本社の「信毎メディアガーデン」が由来なんですね。

こちらは月に1回デパートやスーパーなどに置いている長野市の「ながの情報NEXT」とは配布形式が違って、毎週火曜日から土曜日まで毎日、信濃毎日新聞に折り込まれ、11万5000部が配布されているのだそうです。

また「MGプレス」はネットでも見ることできて、興味深い記事がいろいろと並んでいます。

mgpress.jp

 

いやー、お台場のパレットタウンにあった大観覧車の64台あったゴンドラのうち6台が大町市鹿島槍スキー場に設置されているなんて、「MGプレス」の記事で初めて知りました。パレットタウンも観覧車もなくなってさみしいなと思っていたのですが、鹿島槍で活躍していることを知り、なんだかうれしくなりました。

これからちょくちょく「MGプレス」も読んでいきたいと思います。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました!

 

 

 

松本のレトロないちごジャム

こんばんは、ぺんぎん茶々丸です。

 

先日、近所のスーパーで故郷の「松本」を見つけました。

いや、松本で製造された食品なんですけどね。

それがこちら。

紙のカップに入ったスドーのジャムです。

私の記憶ベースでしか話せませんが、昔とはかなりデザインが変わっているし、カップの紙を再生できるように解体の仕方も親切になっていて進化していました。昔はいちごの写真なんて使われずに赤いラインと赤い文字だけだったような気がします。記憶の改変はあるかもしれませんが。

 

株式会社スドージャム大正12年に酒問屋として松本市で創業されました。

その後、漬物製造業や国策に沿った電気製塩、味噌、醤油などの醸造業、瓶詰め類の製造など転業を繰り返し、昭和25年にジャム製造の専業となったそうです。

www.sudo-jam.co.jp

 

このスドーのジャムは近所のスーパーの99円均一祭で手に入れましたが、何でもかんでもお値段が高騰しているこの時代に、リーズナブルなのは嬉しい限り。

紙のフタをパカッと開けるとこんな感じで銀色の封がされています。

今回はいちごジャムをいただきます🍓

蓋の裏には丁寧にこの銀色のフタの開け方と容器の分解の仕方が書いてあります。

銀色のフタはとても開けやすかったです。

なんとも親切設計です。

 

なんだか昔の記憶よりもみずみずしい感じがします。

昔はもっと硬そうに見えたような気がするのですが………。

 

私はこのジャムを米粉とお豆腐で作った超簡単手作り米粉パンでいただきました。

しかも、たっぷりマーガリンを塗った上にたっぷり載せてしまいました。バターorマーガリンにジャムって最高の組み合わせだと思いませんか?

いちごの種が見えていて、一瞬かえるの卵を思い出してしまったのは内緒です。

肝心のお味は、昔懐かしのジャムの味でした。瓶入りの、果肉がゴロっとしているオサレなコンポートとはまた違うレトロなお味。昔ながらのジャムパンの中身の味です。

確か、小学校の給食で出てきた小袋入りのいちごジャムはスドーのジャムだった気がする。だから、昔の松本っ子はみんなスドーのジャムを食べて育ったんじゃないかなあ。そんなことも思い出しました。いまも松本っ子は給食でスドーのジャムを食べているのでしょうかね。

 

こういったレトロなジャムを製造しているスドージャムですが、いまではとてもおしゃれになっていて、瓶入りの高級なジャムの製造はもちろん、中町に信州プリン工房という私が松本に住んでいたら絶対通ってしまうだろうなというスイーツ専門店もオープンしています。以前も当ブログに書きましたが、このお店の城プリンはかな〜〜〜りおいしいです。あ、スドージャムのおみせだからコンフィチュールが乗ったプリンが看板商品なんだと思いますが、私はまだそちらは食べたことがないんですよね。

あー、もう、プリン工房のことを考えるだけで松本にUターンしたい気持ちが燃え上がります(切実)。

www.shinshu-pudding.com

shinsyu-matsumoto-pengin-dou.hatenablog.com

 

ということで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

 

 

 

中山道の旅 ~妻籠宿~

こんばんは。

蒼月です。

 

今回の旅の目的地、妻籠宿にようやく着きました。

妻籠宿

tsumago.jp

妻籠宿は、全国に先駆けて ”点”ではなく、”面”で文化財の保護を考えた地域です。

保存事業の実施
昭和43年8月、妻籠宿保存事業は、県の明治百年記念事業のひとつとして実施することになった。

昭和44年を初年度とする3カ年計画で、町屋を対象とした歴史風土を守る観点から、解体復元・大修理・中修理・小修理に分類し、復原・修景を実施した。

そして地元住民は、昭和43年「妻籠を愛する会」を設立し「売らない・貸さない・こわさない」の信条に基づき、地元住民を中心とした保存事業であり、

観光的利用であるという考えのもとに意思統一を図り、

さらに妻籠の観光開発は、自然環境も含めた宿場景観あるいは藤村文学の舞台としての景観保存以外にはありえないという考え方を確認した。 文化財に定義され、重要伝統的建造物群保存地区に選定(昭和51年)された。

以降、自然や街道とともに、山深い木曽谷の中の集落として宿場景観を保存している。

 

「売らない・貸さない・壊さない」

ってすごくないですか?

これ、400年ほど前に栄えた宿場町なんですよ。

並大抵の努力じゃできないと思います。

妻籠宿のあちこちに、現在も人が生活している気配を感じながら、これだけの宿場町を守り続ける大切な場所です。

 

お昼時だったので、こちらの藤乙(旅館)さんでお蕎麦を頂きました。

 

 

美味しかったです。

 

www.tsumago-fujioto.jp

 

 

 

 

 

夕暮れ時には、行燈に灯がともり、郷愁を感じます。

 

 

 

 

この妻籠変電所は、あの、桃介橋の「福沢桃介」さんが建てたものでしょうか。

今は、関西電力の持ち物になっています。

ああ。

桃介橋で遊んで来て、変電所も見られるなんて、構造物オタクとしては感無量。

 

妻籠宿 本陣

 

 

妻籠宿本陣の元々の持ち主は、島崎さんと言う方で、島崎藤村の兄弟なのですよね。

ここにも桃介さんの香りが!

 

 

 

これだけの建物を、一棟保ち続けるのも大変な苦労なのに。

宿場町として保存してきたとは、恐るべし!妻籠宿!

ありがとう上松町

 

 

 

 

蒼月記

 

 

 

 

 

 

中山道の旅 ~桃介橋~

皆さまどうも蒼月です。

 

週末の南木曽旅の続きで御座います。

目的地は妻籠宿より8㎞ほど行ったところの温泉郷

地図で分かるかなあ?

62.5㎞程の工程を3時間かけて楽しみました(*´艸`*)

安曇野市上松町

緑色の矢印の付いたところが、桃介橋のある場所です。

道中の観光地を楽しみながら行きたいので、本日は下道です。

 

先日の寝覚の床も美しかったですが、桃介橋の下を流れる木曽川も美しかったです。

 

桃介橋

桃介橋(ももすけばし)は、長野県木曽郡南木曽町読書(よみかき)にある木曽川に架けられた橋。橋の名は橋の建築主である大同電力社長福澤桃介に因む。桃の橋とも称される。

1922年(大正11年)に完成した木橋である。1978年(昭和53年)には破損・老朽化のため使用取りやめとなり、廃橋の町議会決議を受けるに至った。

しかし撤去のための費用がなかったために実際に廃橋とはならず、1993年(平成5年)に南木曽町のふるさと創生事業「大正ロマンを偲ぶ桃介記念公園整備事業」の一環として復元され、再び渡河の用に供されるようになった。

意匠的・技術的に優秀と認められ、読書発電所施設の一部として日本国の重要文化財に指定されている。2007年には、近代化産業遺産の一部として公表された。

実は、この「電力王」と呼ばれた福沢桃介さんは、福沢諭吉の娘婿養子なんですよね。

www.youtube.com

 

 

 

木曽川

桃介橋の概要

 

 

 

寝覚の床ではしなかったんですけど、桃介橋のある木曽川の河原に降りてみました。

寝覚の床は、花崗岩で方形の石が多かったのですが

こちらは、コロコロ転がりそうな石ばかり。


ね、かわいいでしょ?

高速道路で目的地までビューンってのもいいけど。

たまにはゆったり下道でいろいろな所を巡るのも楽しいですよね。

 

 

 

蒼月記

 

 

翡翠色に光る川 ~寝覚の床~

どうも皆さま、こんばんは。

蒼月です。

実は3連休を利用して、南木曽町の方に旅行に行って来ました。

旅行と言っても一泊でしたが。

まあ、何しろ遠い💦

広い県なので、安曇野市から下道で3時間。

途中、寝覚の床に立ち寄ったのでご紹介しますね。

 

www.youtube.com

 

kiso-hinoki.jp

 

なんといっても、木曽川の水が翡翠色で綺麗なのです。

季節が冬だったせいか、訪れる方も少なく静かに寝覚の床を楽しみました。

 

寝覚の床

水の色が翡翠色なのは、川の水が綺麗だからみたいですね。

それに、川にある石の性質も関係しているようです。

●寝覚の床とは

上松町周辺は、花崗岩地帯。その地形を木曽川の流れが削り、姿を現したのが寝覚の床です。
花崗岩特有の割れ方が、大きな箱を並べたような不思議な造形をもたらしました。
また明治以降は水力発電や用水の引水で木曽川の水面が低下し、岩の巨大さがより引き立っています。

1923年に国の名勝に指定され県立公園として管理されてきましたが、2020年に中央アルプス国定公園へ昇格しました。
この地には、古くから浦島伝説が残されていることも特徴です。

公園付近は春に桜が咲き、秋には対岸の山々が紅葉で色付きます。

 

このお寺の山門をくぐって降りていきます。

 

 

途中の階段が、少し降りにくかったので足元に注意してくださいね。

まるで、異世界への入り口のようです。

 

この寝覚の床にも「浦島太郎」の伝説が残っています。

歳をとった浦島太郎が、ここでのんびり釣りをしていたとかいないとか。

花崗岩特有の白さと、川の翡翠色のコントラストが美しい名勝地です。

 

あ、そうそう。

大相撲の御嶽海の故郷でもあるのですよね。

暖かくなったら、ぜひ一度は訪ねて頂きたい場所です。

 

 

蒼月記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵に塩を送る日 ~松本 あめ市~

お久しぶりです。

蒼月です。

昨日、松本市のあめ市に行ってきたのでご報告をば。

あめ市と言えば、ご店主さまも度々記事にしておられるほど。

松本市民にとっては大切な行事なのです。

当日の混雑具合もなかなかのものでした。

 

松本あめ市

松本市 飴屋御三家の飴

 

shinsyu-matsumoto-pengin-dou.hatenablog.com

 

shinsyu-matsumoto-pengin-dou.hatenablog.com

 

実はあめ市はとても歴史のある行事です。

いまからおよそ440年ほど前に開かれていた「塩市」が起源といわれています。そういえば子どもの頃あめ市のことをお年寄りが「塩市」と言っていたのを記憶しています。

海のない信州松本でどうして塩市かといいますと、その淵源は戦国時代にさかのぼります。

甲斐の武田晴信(信玄)と越後の長尾景虎上杉謙信)が信濃の覇権を争っていたときに、武田と争っていた駿河今川氏真(うじざね)が武田氏が支配する土地への塩の供給を断つという戦略をとりました。

「義」の人である景虎(謙信)はこれに義憤を感じ、越後から信濃へ塩を送り、その塩が松本に着いた日を記念して「塩市」が始まったと言い伝えられています。敵に塩を送るという故事成語の元になったお話ですね。このとき塩を運んできた牛を繫いだ石が牛つなぎ石であるといわれ、現在でも本町と伊勢町の交差点に残されています。

昔は1月11日があめ市の日だったといいますから、塩が松本に着いた日は1月11日だったのでしょうか。

 

(信州松本ぺんぎん堂ブログ「松本の”あめ市”の飴」より)

 

上杉謙信が、武田信玄に塩を送ったのが発祥なのです。

歴史ある伝統行事なのですね。

 

 

ところで。

 

松本地方では、三九郎と言う、多分通常「どんど焼き」と呼ばれる

新年に松飾や書初めなどをやぐらを組んで燃やす行事がありますが

その時に、前年の新年に買っただるまも一年間の感謝を込めて燃やすのです。

 

だから、飴と一緒にだるまさんもあちこちで売られているのですよ。

 

あめ市 だるま

 

歩行者天国だった昨日は、大勢の人で賑わい、歩くのも一苦労でした。

でも、3年ぶりの賑わいは活気付いていて、心も踊る雰囲気でした。

 

 

まめ板 (新ばし飴)

福あめ (新ばし飴)

 

福飴 (飯田屋飴店)

堂々引ネキ飴 (山屋御飴所)

 

新ばしあめの飴は、伝統的な製法で作られた自然な甘さの飴です。

もち米から作るんですよ。

 

今回残念だったのは、飯田屋さんの飴せんべいに遭遇できなかったことです。

www.iidaya.com

あめせんべい(飯田屋)

このあめせんべいは、本当にサクサクで不思議な食感なんです。

一袋をあっという間に食べてしまいそう。

 

ぜひ、飯田屋さんまで買いに行こうと決意を新たにしております。

 

最後に、以前のご店主さまのブログからの引用を。

松本は乾燥した気候が飴作りに適していることから、たくさんの飴屋さんがあったようです。

明治時代には20軒以上もの飴屋さんがあり、飴の生産量日本一を誇った時期もあったそうです。いまも江戸時代から続く老舗の飴屋さんが残っています。数年前にあめ市に行ったときに屋台で飴を売っていた飴屋さんが「乾燥して寒い気候じゃないと昔ながらの飴は作れないんですよ。一番いい飴が作れるのは冬なんです」と仰っていました。

現在も松本に残る老舗飴店は下記の3軒です。

  • 新橋屋飴店 創業から150年以上(嘉永年間)
  • 飯田屋飴店 飴作りは寛政8年(1796年)から
  • 山屋御飴所 寛文12年(1672年)創業

山屋さんはおよそ350年もの歴史があります。日本橋松坂屋さんが開店したのと同じ年です。第4代将軍・徳川家綱の時代です。あと8年ほどで綱吉が将軍になります。

新橋屋さんの創業者と飯田屋さんの創業者は武士だったとのこと。

私が興味深いと思ったのが飯田屋さんの歴史です。飯田屋さんのサイトによると松本藩第6代藩主・水野忠恒が結婚を報告するため江戸城に時の征夷大将軍徳川吉宗を訪ねた折、松の廊下ですれ違った毛利師就に対して刃傷沙汰を起こしてしまいました。武士として忠恒に仕えていた初代店主・伊藤伊佐治も一般庶民に格下げされてしまい、米を扱う仕事を始めたとのこと。当時米は飴の原料だったためその後、試行錯誤の末飴屋を開業したのだとか。松本の老舗の歴史は松本城の殿様と共にあったんですね。

350年~150年も前から、代々受け継がれてきた飴。

ぜひ皆さま、松本にお立ち寄りの際は、お買い求めください。

松本駅や、お土産屋さんで、巡り合うことが出来るかも知れません。

 

 

蒼月記

 

 

 

YouTubeチャンネル開設いたしました!

 

こんばんは、茶々丸です。

本日はYouTubeチャンネル開設のご報告をさせていただきます。

信州松本ぺんぎん堂には「信州松本ぺんぎん堂」チャンネルがございまして、稀に更新させていただいているのですが、今回、それとは別にセカンドチャンネルを開設いたしました。

その名も「実話超常現象 信州不可思議堂」と申しまして、わたくしが出版しております久遠悠嘉奇譚集からのエピソードやそこに収録していないエピソードなど、実話超常現象、実話怪談に特化したチャンネルとなっております。

 

 

本日、「天赦日」「一粒万倍日」「甲子の日」がトリプルで重なるこの良き日にチャンネル開設をし、1本目の動画「霊感の強いおばあちゃん」を上げさせていただきました。

この物語は私(ぺんぎん茶々丸こと久遠悠嘉)の祖母のエピソードとなっております。6分ほどの短い動画ですので是非、息抜きにでもご覧いただければ幸いです。

なお、こちちらのエピソードはKindleの拙著「魂のいとまごい」からのものですので、もしご興味がございましたらそちらもお読みいただけると大変嬉しく思います。

せっかく信州不可思議堂を名乗りますので、セリフには松本弁も採用しております。AI音声ですのでイントネーションをつけるのに苦労しておりますが、故郷を離れた方にも懐かしんでいただければな、なんて思っております。

毎週末に更新していきたいなと考えておりますので、どうぞ、信州松本ぺんぎん堂2ndチャンネル「実話超常現象 信州不可思議堂」もご贔屓のほどよろしくお願い申し上げます。

本日も最後までお読みいただきありがとうございました!