信州松本ぺんぎん堂

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信州諏訪は神在月

こんばんは、ぺんぎん茶々丸です。

早いものですでに10月。今年ももう3ヶ月とちょっとで終わりです。

10月は和風月名で神無月。全国の神様たちが出雲大社に集まるので「各地の神様がお留守になってしまう=神様がない=神無月」という説が一般的です。今頃、出雲は神様たちでぎゅうぎゅうかもしれません。出雲は神在月ですね。

ところで、信州も神無月ではなく神在月だというお話をみなさんはご存知でしたか?

実は私は3年くらい前まで知りませんでした。諏訪では常識だったようなのですが😅

ということで、信州も出雲と同じく神在月なのは10月になっても諏訪に神様がいらっしゃるからなのです。

それはどうしてなのかというとざっくりいうと次のようなお話のようです。

昔々のお話です。10月になっていつも通り全国の神様が出雲大社に集まりました。しかし、待てど暮らせど信州諏訪の龍神様だけがやって来きません。すでに出雲のお社に集まっていたほかの地域の神様たちは

「諏訪の龍神様はどうしたんじゃ?」

とざわめきました。忘れているのかしら?それとも具合が悪いのかしら?と。

すると天井から

「わしはここじゃ!」

と大声が響きました。

神様たちが見上げると巨大な龍の体が天井の梁という梁にぐるぐると巻き付き、諏訪の龍神様は恐ろしい顔で舌をシュルシュルと出し入れしているではありませんか。

「近頃わしはとても勢いがいいので体がでかくなりすぎてしまった。いまも体はこの社を七巻半しているがしっぽはまだ信州の尾掛けの松に掛かっておる」

信州は遠いので龍神様はより力を発揮できる龍の姿のままで出雲へやって来ましたが、尾掛けの松にしっぽが掛かっている間は普通の人間のような姿の神様に変身できないというのです。

「この姿のままみなさんのいるところに降りていこうか」

と諏訪の龍神様は天井から降り始めましたが、ほかの神様たちは大きくて恐ろしい諏訪の龍神様の姿に縮み上がってしまいました。何しろ諏訪の龍神様が一度暴れだすと手に負えないということを知っているのです。そこで神様たちは

「そうだよね、信州は遠いし、そんなに体が大きいんじゃ大変だよね。これからは10月になっても諏訪にいてもいいよ。会議の結果や相談事は私たちが諏訪に行ってお知らせするから大丈夫だよ」

と言いました。諏訪の龍神様もそれはありがたいと翌年からは出雲へ行かなくなったのです。

もうちょっとちゃんとした昔話で読みたい方は下のリンクをどうぞ。こちらのリンクでは文章だけでなく朗読も聞くことができます。

minwanoheya.jp

 

諏訪が神在月なのは、ほかの神様たちから「10月になっても諏訪にいていいよ」と言ってもらえるほど強い力を持った勢いのいい龍神様が諏訪にいらっしゃるからだったのですね。

この龍神様の起源にはふたつの説があります。

ひとつは記紀に書かれている伝説。大国主の国譲りのときに国は渡さないと武御雷と戦って敗れた建御名方が諏訪に追い詰められ、そこで国を譲ることに同意し、自身は諏訪湖から出ないと約束した、というもの。建御名方は諏訪大社の二柱の主祭神のおひとりです(もう一柱は建御名方のお妃の八坂刀売)。

もうひとつは甲賀三郎という若者が龍になったという説。昔、近江国甲賀甲賀三郎という若者がいた。三郎が魔物を退治しに出かけると地面に大きな穴が開いており、中には魔物に捕らわれていた美しいお姫様がいた。三郎はこのお姫様を助けたが、三郎のふたりのお兄さんはその美しい姫を自分のものにしようと三郎を騙して穴の中に落としてしまった。三郎が落ちたところは異国で、さまよいながらやっと出てきたのが信濃の国だった。しかし、無事に帰ってきたものの三郎の姿は巨大な蛇に変わってしまっていた。そんな姿では人々に恐れられてしまうので三郎は塔の下にじっと身を隠していた。そこにお坊さんに姿を変えた神様が来て三郎を人間に戻してくれた。人間となった三郎は助け出したお姫様と再び巡り合うことができ、手を取り合って天竺へと向かった。天竺で神様となった三郎とお姫様は日本へと戻り、信州諏訪の上社、下社にそれぞれ祀られるようになった、というもの。

諏訪明神の起源として一般的に親しまれているのは2つ目の説の方なのだそうです。私が諏訪の神在月を知ったときには建御名方の説の方で知ったんですけどね。

いずれにせよ信州、就中諏訪はそんな強大なパワーを持つ龍神様に護られているということなのです。

ということで、本日も最後までお読みいただきありがとうございました!